大深沢釣行記

 
[報告者] 阿部秀雄


 
 ミステリーを結末から読むように、 もつれた糸がスルスルとほど けていく。 そんな思いをすることがある。

 玉川水系、 大深沢の帰り道、 アスピーテラインへと向かう道すがら、 川上氏はなだらかな緑の山並みの中に見える巨大な岩塩のような白い山頭を指さして言った。 「あそこが玉川の源頭のひとつだかんね。」なるほど、 あの山を源とした沢は悪水になるわけである。

 8 年の歳月は、 このひっそりとした山奥に、 ほんの少しだけ変化をもたらしていた。 川上氏の過去の記憶はその時のままで、 現実は虫が木をかじ るほどに、 そのことを気づかせないほどに進行していた。


 記憶の齟齬そご に頭をひねりながら車を降りた私たちは 、藪をかきわけて最初の沢、 石仮戸沢、 であるはずの白濁する水の流れに辿りついた。 ところどころから白煙が立ちのぼり、お湯が噴出し、 生臭い風が漂う中、 取水用の堰堤を乗り越え、 チタケやらをつまみ上げつつ、 大深沢の出会いまで下がった。 筈なのだが、 地図との度重なる相違に戸惑いつつ、 大深沢と思われる沢の傍らの山道を遡っていくと、 すぐにダムに行きつき、 さてここでいいのか、 と思いつつ川を見やれば、 うーむやけに白濁しているじゃんか。


 川上さんもここが正しい目的の川なのかいまひとつ、 ふたつ自信がない。 再び出会いに戻り、 傍らの杭をふと見やれば湯田又の文字が。 みんなの頭の中を今までの行程のなかで見た光景と手元の地図がグルンぐるんと 攪拌かくはん され、 再び別個のモノとなったとき、 空中で見えないランプが一瞬かがやいた。

 まず、 そもそも石仮戸沢と思っていたいた沢は、 湯田又沢であった。 途中の堰堤の取水口は右岸にある筈、 それが左岸にあったのはそのせいである。 今引き返してきた沢が白濁していたのはその取水口から湯田又沢の悪水が取り込まれ、 先程のダムに発電用に落とされているためであった。 確かにそのダムをこえた大深沢は清冽な水、 あのアスピーテラインから眺めることとなる、 ブナそしてハイマツ、 シラビソところによりダケカンバといった緑深き山々から染み出す滴の大合唱に間違いがなかった。


 ミステリーを彩るものは、危機一髪というやつである。

 午後になり、 ブルーシートも見事に張り終わったころから雨が降りだした。 止むのかなと思わせつつしつこく降り続き、 とうとう夜半になっても止む様子がみられない。 なにを隠そう、 我々のテン場は中州の砂地に設営したのである。 えばることではないが・・・。
 先程まで見えていた岩の頭がだいぶ小さくなってきた。 太い流木を組んだ焚き火も炎を止めた。 念のために、 エスケープ用のロープを対岸まで張ったが、 ヘッドランプを忘れた困った奴もいて、 驟雨しゅううはhamanabeさんを眠りの縁から、 一晩中連れ戻した。

 ここで、 思い出していただきたい。 宇渓会の人間の強運、 悪運については、 今年の水トレや去年のT氏のパジェロの件でも実証済みである。
 hamanabe氏以外のぐっすりと眠った連中は、 穏やかな晴れ間の空に起こされたのであった。 結論は、 ここが広河原であるからめったなことでは冠水しない、 ということである。 早くそう言ってほしかったが、 やはり人生はミステリーなんである。


 さて帰り道のことである。 間違えることもなく最後の、 ブナの実がびっしりと敷き詰められた山道をのぼる。 林道に出、 そこに古ぼけた 1 枚の赤い短冊の布を見つけて、 また一つ謎が解けた。 8 年の間にここにあった車止めが消えて林道が更に延びていたこと。びっしりと吊り下がっていた赤い布が殆どなくなっていたこと。

 解けなくてもどうということのない謎であっても、 気持ちのなかで居心地の悪い奴がとりあえずほどけた、今度の旅であった。

 さて、 イワナのことですが、 謎は自分で解くのが愉しいんであって、 ここはやはり行くしかないでしょ。 やっぱしミステリーは頭から読んでこそ、 なんだから。



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